LIFE

年度末の枯渇〜過去を手放して知る、自分のエネルギー〜

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​気がつけば、前回の更新から10日ほど空いてしまいました。

​今の私、実は少しだけ電池切れを起こしています。

年度末のバタバタと、Webディレクターとしての日々の業務に追われ、家に帰ってくる頃にはもうヘトヘト。

​あんなに毎朝の楽しみにしていた植物への水やりも、エビたちの水槽をゆっくり眺める時間も、今の私にはすっぽり抜け落ちてしまっています。

夕食だって、キッチンに立つ気力なんて1ミリも残っていなくて、ここ最近はずっとスーパーのお惣菜頼み。

​でも、すごく不思議なことがあって。

こんなに疲れていて「早く寝なきゃ」と頭ではわかっているのに。

なぜかこういう忙しい時期に限って、ソファに寝転がってショート動画やSNSを延々と見続けてしまったり、無性にジャンクフードが食べたくなったりするんです。

​日中ずっと仕事に追われていたから、「今日という一日が仕事だけで終わった無駄な日じゃなかった」と思いたくて、自分の時間を取り戻そうとしているのか。

それとも、仕事の忙しさから脳が抜けきれず、謎の焦燥感に駆られて無意識に「情報」を摂取しようとしてしまっているのか。

​思い返せば20代の頃にも、忙しくて寝なきゃいけないのに、ずっとNetflixを見続けて寝不足になる……という時期がありました。

でも結局、次の日は身体が本調子じゃなくて、仕事の生産性もガクッと下がってしまうんですよね。

​そんな過去の失敗を通して「自分」という人間を知ったからこそ。

今は、自分のキャパシティの中でおさめようと、無意識にブレーキを踏んでいる気がします。

​人には「エネルギーの器」があって、一日に使える総量は決まっている。

仕事でその器の水を使い果たしてしまったら、もう他のことには注げないんです。

無理をして絞り出せば「頑張ること」はできるけれど、それをすると器自体が割れてしまう。だから、今の私を守るために「やることをここまで」と制限しているのだと思います。

​これはきっと、20代の頃の発想ではありません。

無限に可能性とエネルギーに満ち溢れて駆け抜けていたあの日々とは違って、今は、自分のキャリア、家庭での穏やかな時間、そしてプライベートと、いろんなところに大切なエネルギーを分配して生きているから。

だからこそ、あえて「頑張らない」という選択をしているのだと思います。

​ただ、普段は仕事とプライベートをパッキリ分けるようにしている私ですが、ひとつだけ面白い現象が起きていて。

​こういう忙しい時期は、無意識のうちに仕事の気掛かりを頭の片隅で考え続けてしまっているのか、ふとした瞬間に突然アイデアが降ってくることがあるんです。

「あ、あの課題、このアプローチなら解決できそう!」とか。

「あそこの進行、ちょっとリスクヘッジが足りてないかも」とか。

​以前、俳優の田中圭さんが「タスクを頭に入れた状態で朝走ると、無意識のうちにそのタスクを処理できている」とお話しされていたのですが、まさにあの現象が自分にも起きている気がして。

完全に頭を空っぽにしてリラックスしているからこそ、ふっと点と点が繋がって気づけることって、確かにあるんですよね。

​でも、ここで「絶対にパソコンは開かない」のが私のモットー。

​忘れないうちに、社用スマホのLINEに週明けの自分宛てにメッセージだけ送って、それでおしまい。

決して「仕事人間」というわけではないけれど、こういう余白の中で仕事のヒントが巡ってくる日も、今の私には必要なリズムなんだろうなと思います。

​「丁寧な暮らし」はお休みして、お惣菜の美味しさに甘える日があってもいい。

植物やエビたちに「今は最低限のお世話でごめんね」と心の中で謝って、そのままベッドに倒れ込む日があってもいい。

全部、私の器を守るための、大切なセルフケア。

​春はもうすぐそこ。

年度が変わって少し仕事が落ち着き、この空っぽの器にまた綺麗なエネルギーが溜まってきたら。

その時はまたゆっくりとキッチンに立って、大好きな土や水のリズムに触れようと思います。

​今はただ、この制限モードの自分を許して、たっぷり眠ります。

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